台北のオデン探し
翌日、昼ごろに台北駅に行った。駅構内の食堂街を確認したら、オデン屋は一軒あって、昨日の店名と同じ「高雄黒輪」。オデン種もほとんど同じ感じだ。
駅前のデパート・新光三越に移動して、地下の食堂街に入った。ここでも店名と種は変わらない。さつま揚げと卵入り団子とロールキャベツを食べた。思ったより量が多く、お腹がふくれてしまった。オデンの汁は出されず、甘辛ケチャップ・普通のケチャップ・豆板醤・醤油の四種類のたれがあった。
台北駅から南に向かうと、レンガ造りの大きな建物が見えてくる。日本の植民地時代の1919(大正8)年に、台湾総督府として建てられた建物である。第二次世界大戦末期に内部が全焼したものの、戦後、国民党が大陸から移ってきたときに改装され、今は総統府として使用されている。
総統府をあとに西門町に出て、龍山寺まで歩いた。駅から約1時間半の散歩になった。龍山寺は1738(元文3)年に作られた台北で最も古い仏教寺院。第二次世界大戦でかなりの部分を消失したが、現在は見事に復元された。特に石柱に施された細かい彫刻に見とれてしまう。
参拝の様子を見学しながら、寺院のなかを一周した。本堂には観音菩薩を中心に文殊菩薩・普賢菩薩などが鎮座し、後ろには関帝をはじめ、いくつかの神仏が祭られている。
人々のお参りのやり方がおもしろい。両手で長さ40センチぐらいの線香を何本か持ち、頭の辺りまで手を上げて、祈るように上下に動かす。何度か小刻みに動かしたあとで、礼をするのといっしょに両手を大きく上下させる。線香が長いので、動作も大きく見える。
夕方、隣の華西街観光夜市に行ったが、観光客相手で昼間の営業なのか、ほとんど閉店だった。南側に屋台が並んでいたので、そこでオデンを探した。
屋台街の中心地で「甜不辣」(これもテンプラと発音する)と書いた屋台が一軒見つかった。様子をうかがうと、好きな種を選ぶことはできないようで、一杯単位で売っていた。どうやら、一杯単位で売られるのが“甜不辣屋”で、自分で選べるのが“黒輪屋”らしい。
バスを乗り継いで約一時間。台北市北部にある士林夜市に移動した。この夜市はおいしい食べ物屋台が多いことで知られ、若者の間で人気の場所である。
食堂が集まる一角に足を踏み入れた。たちまちすごい熱気におそわれる。床のコンクリートはつるつる滑って歩きにくい。ぶらぶらしながら何にしようか考え、けっきょく基隆で食べなかった「天婦羅」に挑戦することにした。
半月状の揚げたての天婦羅はなかなかおいしい。底辺に少し厚みがあり、形は静岡で見た黒はんぺんに近い。ただし端のほうは薄くてパリパリする。この食感の違いが気に入ってしまった。一杯25元。その他、蒸し焼きの肉まんやカキ入りお好み焼きなどを食べて大満足。
夜の九時を過ぎたので、そろそろ帰ることにした。帰りのバスに乗ろうとバス停にやってきたが、ここまで来たバスの番号が表示されていない。幸いなことにルートが漢字で書かれているので、台北駅を通るバスの番号をいくつか覚える。暗い道に目を凝らし、やってくるバスの番号に注意。ところが、目的の番号に気づいたときには、バスは左折するために3車線ある道路の中央車線を走っている(台湾は右側通行)。これでは手を挙げることもままならないではないか。
場所がよくないと思った僕は、もう一つ先のバス停まで歩いた。ここならバスの種類も少ないし、目的のバスをじっと待てばいい。しばらくしてやっと台北駅行きのバスが来た。ところが、そのバスもなんと中央車線を走ってくる。この先の橋を渡るために車線を変更していたのだ。そうはいってもなんとしても乗らねばならない。ダメモトを覚悟して手を挙げると、バスは三車線を横切って、僕の待つバス停に急停車した。大胆かつすごいとしか表現しようのない運転を見てしまったのだった。
この夜、宿のテレビでNHKニュースを見た。関東地方は大雪で、交通機関もまひしているようだ。台湾のケーブルテレビでは日本の番組がそのまま放送されている。
翌日、晴光市場に向かった。宿から徒歩1時間の距離である。狭い路地には服屋やアクセサリー屋が並び、迷路のように縦横に広がる。一見しただけでは市場の広さがわからない。
並んでいる屋台のなかに「関東煮」の文字を見つけた。看板には「味噌湯・寿司・生魚片・甜不辣」という字も見られ、“日本食”を意識した店と思われる。厚揚げ・大根・肉団子・ニガウリのひき肉詰めを食べた。この店では種を選べたが、ほかの客は「甜不辣」と注文するだけで、やはり一杯単位で出された。
近くのセブンイレブンにも、「関東煮」と書かれたポスターとのぼりがあった。少し前から台湾のセブンイレブンは日本食キャンペーンを始めており、オデンとおにぎりを売り出し中だった。オデンは「関東煮」、おにぎりは「御飯団」という名前で売っている。御飯団は18度の保冷庫に入っていた。
このセブンイレブンは、台湾の大手企業が経営するチェーン店で、日本のセブンイレブンとは関係がない。「関東煮」となった背景はわからないが、おそらく台湾の会社にオデンを日本食として教えた人が関西系の人だったのかもしれない。台湾のセブンイレブンは新しい商品に挑戦することに意欲的であるらしく、関東煮と御飯団が台湾に普及するかどうか、僕も注目している。
しかし、台湾人は冷たいご飯を食べないから、御飯団の定着は難しいのではないだろうか。会社に持参する弁当も、社内に備え付けの保温器で温めるほどだ。植民地時代の日本食で残らなかった物に、ざるそば・おにぎり・すしが挙げられる。これらは日本食の専門店でも置く所が少ない。町中では巻きずしが見られるが、これは完全に外国料理として認識されている。
その後、新光三越の本店に行って、地下の食堂街を眺めた。すると、「日本関東料理-什錦関東煮」という表示のあるオデン屋が現れた。関東煮という言葉から日本が意識されていることはわかるが、「日本関東料理」はちょっと飛躍しすぎ、というより、関東煮は関東地方の料理を意味しないので、これはあきらかに間違いだ。
夜になってから、通化街夜市に出かけた。ここは衣料品の安いことで知られている。今まで290元だった綿100パーセントの長袖シャツが、ここでは190元で売っていた。
すしや刺し身を出す店においしそうなオデンがあった。仕切りのない丸い大鍋のなかで、種がいっしょに煮込まれている。汁の色もけっこう濃い。大根・ロールキャベツ・春雨入り肉団子を選ぶと、小さく切って皿に乗せてくれた。一つひとつの種が大きめなのである。甘辛ケチャップは種の上からかけるのではなく、脇に添えてあるだけ。これは味に自信があるからなのか……。
まず大根を食べる。うまさが口に広がった。たれの味が染みて、表面は少し茶色になっている。ちゃんと下煮してから鍋に追加するようだ。この店はすしも人気だが、今まで食べた台北のオデンのなかでいちばんおいしかった。ただ、値段は少し高めで、3種類で80元だった。これで、台北では6回オデンを食べたことになるが、最後の屋台でおいしいオデンに出会うことができた。
僕は成果を得たうれしい気分で夜市をあとにした。
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