まえがき
ある冬の日、ひさしぶりに博多の屋台に足を運んだ。といっても、博多駅から中洲一帯までが商人町の「博多」で、那珂川を渡ると城下町の「福岡」だから、正確には「福岡」側、福岡市中央区天神に立ち並ぶ屋台のなかの一軒である。
おでんをつつきながら寒い一夜を過ごそうと思い、屋台のベンチに腰を下ろした。ビールを頼んで鍋をのぞくと、見慣れない物があった。店のおじさんに「これは何ですか?」と尋ねたら、「餃子」という短い答えが返ってきた。すぐに思い浮かんだのは、小麦粉の皮で三日月状に包まれ、焼いてあったりゆでてあったりするおなじみのアレだ。けれども、目の前にある餃子はどこから眺めてもおでん種で、茶色の揚げかまぼこだった。
ともかく食べてみることにして皿に取ってもらうと、ようやく正体がわかった。つまり、ゴボウ巻きやイカ巻きのように魚のすり身で餃子が包まれた「餃子巻き」だったのだ。餃子の中身が入っているわけではなく、皮に包まれた餃子そのものが具になり、両端からはとろみを帯びた餃子の皮がはみ出ている。
これがうまかった。おでん種でこんなにおいしい物があるのかと思った。そこで、東京に戻ってから周囲の友人たちに餃子巻きを食べたことがあるかどうか、聞いてみた。電子ネットワークのニフティサーブを通じて、全国的に情報も集めた。ところが、ほとんどの人が餃子巻きの存在を知らなかった。ただ、なぜか東京の高円寺周辺と谷中・根津・千駄木(通称・谷根千)地区の人は、「昔からある」と口を揃える。40歳前後の人が「子どものころからよく食べた」と話すことから、約30年前には存在したのだろう。
しかし、なぜ東京のごく一部で普及しているのだろうか? 福岡で食べた餃子巻きも限られた地域、もしくはあの屋台だけにあるのだろうか? 全国的に食べられているわけでもないようだし、両方にどういう接点があるのか興味がわいてきた。
だが、高円寺や谷根千出身者が福岡で店を開いたのか、福岡で一般的な餃子巻きが東京に飛び火したのか、手がかりはまったくつかめなかった。
餃子巻きの話をすると、「おでんにはやっぱり大根でしょう」とか、「牛スジが入ってないとね」とか、各人各様に“おでん談義”が始まって止まらない。ラーメンやうどんやそばにこだわる人は多いが、どうやらおでんにもそれなりの主張があるらしい。
それから、名古屋でおでんに味噌だれをかけるのも「やっぱり」という感じだった。名古屋周辺では、「味噌かつ」や「味噌煮込みうどん」で知られるように、豆味噌に対する嗜好が強い。おでんにも味噌だれをかけたり、味噌で煮込んだりするようだ。
そもそも「おでん」とは何なのか? 調べてみると、おでんのルーツは田楽だった。田楽のことを宮中の女性たちが隠語として「おでん」(おでんがくの略)と呼んでいて、これがしだいに庶民の間に広まったのである。
室町時代に初めて文献に登場する田楽は、焼いた豆腐に味噌を塗った。そのうちに、コンニャク・里芋・魚などが使われるようになり、江戸後期にはコンニャクや里芋を煮込んだ“煮込みおでん”が現れた。幕末になると江戸から上方に伝わって、従来のおでん(田楽)と区別するために「関東煮」と呼ばれ、関西風の味付けに工夫されていく。
1923(大正12)年の関東大震災で東京の料理屋は壊滅状態に陥り、関西から料理人がやってくる。東京にある老舗の料亭の多くが関西風なのはこのためだ。関東で生まれたおでんも関西でアレンジされて戻ってきた。今のようなおでんは、震災後に一気に普及する。混乱期に手軽に食べられたこともあったし、昆布だしが効いた関西の味が新鮮だったのかもしれない。
日本料理は、煮物・揚げ物・鍋物・焼き物・酢の物といったふうに、「〜物」と分類されるのが一般的だ。ところが、おでんはどこに属すのか微妙な食べ物だ。煮物のようでもあり、鍋物のようでもある。専門書をひもといても分類が定まらない。調べれば調べるほど、僕はおでんの深みにハマッてしまった。
田楽からおでんにつながる日本の食文化の流れと、豆腐・コンニャク・練り物などの種の歴史、だしの使われ方や味付けの違いなどから、日本の食文化が総合的に理解できそうな気がした。
一方で、韓国や台湾にもおでんがあると知り、戦前、日本が植民地にしていた時代に置いてきた食べ物だということもわかった。なにげなく食べていたおでんから、実にさまざまなことが見えてきた。
これはやはり、日本中のおでんを食べ歩くしかないと思った。もちろん、韓国や台湾にも足を延ばして、どんなおでんが存在するのか確かめなければならない。
さらに、各地の食文化の境界線を知るには、じりじりと移動しながら探っていく必要がある。僕は旅の手段として、新聞配達用の原付きバイクを選んだ。これなら荷物もたくさん積めるし、燃費もいい。
下調べも終わり、おでんのシーズンが始まる秋がやってきた。僕は、日本縦断の出発地となる宗谷岬を目指して、新潟港から小樽行きのフェリーに乗り込んだ――。
※凡例
1)本文中のゴシックの文字は店名・おでん種メーカーを表す(スーパーや市場は除く)。また、「 」でくくられた部分は特に印象に残った商品名・メニューを示す。
2)大阪は近世に「大坂」と表記されたが、本書では特に区別をしない。
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