ときどき、姫路市は兵庫県なので「中国地方」ではないと指摘されます。たしかに区分としては「近畿地方」に入ると思いますが、「関西」には入らないのではないかと考えてます。また、兵庫県内でも播磨平野を中心にした西部と、明石市から西宮市までの南東部では、食文化の面でも境界線があるようです。
兵庫県の西部(旧播磨国)と北西部(但馬国)を「中国地方」に含める場合もあることから、ここでは「中国」に分類してあります。
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しょうが醤油の広がり
戦後、姫路のヤミ市のおでん屋台で「しょうが醤油」をかけるようになり、それがしだいに知られるようになってきた。上からかけるのではなく、ちょっと付けるだけという食べ方を含めれば、播磨平野全体に広がっていそうだ。
一方、フェリー航路の影響か、四国の「からし味噌」が瀬戸内海を越えて伝播している地域も見られる。日本海側のおでんは特徴が少ないが、なぜか松江市にはおでん屋が多く、「おでん庄助」はお勧め。山口県の萩周辺はかまぼこ作りが盛んで、中国と四国ではおでん種にかまぼこが加わる。
戦後ヤミ市の懐かしさ
しょうが醤油のおでん
全国各地に付けだれ文化があり、からし味噌やしょうが味噌とさまざまだが、しょうが醤油は姫路市で生まれた食べ方だ。しかも、ちょっと付けるのではなく、だし汁をいったん切ってしまって、そこにお玉でたっぷりかけるという。
姫路駅の地下街の外れに、カウンターだけの飲み屋が五軒ほど連なっていて、そのなかの「だるまや」で、このしょうが醤油のおでんを初体験。主人の山本武夫さんに話を伺った。
「しょうが醤油をかけるのは姫路だけやね。ウチはおばあちゃんの代から同じ味が自慢。うどんもおでんも鰹の一番だししか使わへん。ウチのおでんは、戦後のヤミ市で食べた味が忘れられないって、遠くから来る常連のお客さんもおるよ」
それにしても、自慢のだし汁を捨てて、しょうが醤油をかけることに疑問が残る。おばさんは「しょうがは食欲をそそるからね」と答えたが、やはりすっきりしない。戦後の混乱期に調理が簡単で腹持ちのいいおでんが好まれ、そこに食欲増進の役を果たすしょうがが加わったのだろうか?
だるまやの創業は昭和21(1946)年。敗戦の翌年に、それこそヤミ市で始めたという。昭和47(1972)年の区画整理で屋台街は消え、数軒の屋台は駅ビルの一角にまとめられた。近代的なビルの片隅に小さな飲み屋が集まるのは、そんな背景があったのだ。
■だるまや/TEL 0792-85-2975/姫路市駅前町字御殿前095-9/7時半〜21時ごろ、木休/JR姫路駅から徒歩3分
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