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●煮込みおでんの出現 『調理用語辞典』(財団法人全国調理師養成施設協会編/調理栄養教育公社)には、江戸後期にコンニャクを焼かずに醤油で煮込むようになり、やがて他の材料も入れるようになったと書かれています。 明治20(1887)年に創業した「呑喜」(東京・本郷)の創業者は、鉄鍋で煮る汁気の少ない当時のおでんを汁気たっぷりにして煮込み、「改良おでん」と名付けて売り出しました。近くに東京帝国大学(今の東大)があり、一高(旧制第一高等学校)の寮や下宿が多かったこともあって、若い学生でにぎわったといいます。江戸時代の煮込みおでんは、明治時代に汁気たっぷりのおでんに変わり、大正時代に関西に伝わったのでしょう。関西に入ると、それまであった「田楽」と区別するために「関東煮(かんとうだき)」と呼ばれました。田楽が“街頭スナック”とすると、関東炊きは“お座敷おでん”に当たり、客座敷でも出されるようになり、人気を博したようです。 その後、大正12(1923)年の関東大震災によって、関東の料理屋は壊滅状態となり、それをきっかけに関西の料理人が関東に進出していきます。昆布と薄口醤油を使った料理が流行し、茶懐石などの関西風の料理が一気に広まったのもこの時期です。 ●関東風と関西風 テレビや雑誌などでおでんが取り上げられると、どうしても関東風・関西風と区別されます。けれども、各地のおでんを知れば知るほど、この分類は間違いではないかと思うようになりました。 例えば、江戸時代の弘化元(1844)年に創業した「たこ梅」(大阪・道頓堀)では、東京の呑喜と同じように、だしに鰹節しか使いません。たこ梅のおでんは甘辛の濃い口ですが、関東からきたから「関東煮」ではなく、広東人のごった煮をまねして作った「広東炊き」と代々伝えられています。 一方、京都には明治16(1883)年創業の「蛸長」があって、昆布と主体に鰹節やサバ節が使われています。だしや味付けが当時から同じなのかわかりませんが、創業時から関東煮ではなく「おでん」と呼んでいたそうです。 また、関西風として紹介されることが多い「一平」(東京・銀座)は、だしに鰹節しか使わず、味付けは塩と酒とみりんのみ。一平の創業は昭和4(1929)年。それまでの辛口で濃い味の関東煮を上品な薄味に改良して“飲めるスープ”に改良したところ、爆発的な人気を得たわけです。値段も手ごろだったこともあり、昭和12(1937)年の日中戦争直前まで17店舗を展開した盛況ぶりでした。そして、関東風の老舗で知られる「お多幸」(東京・銀座)は、大正14(1925)年の創業。創業当時の屋号は「ぜい六」で、栃木出身の太田幸(おおた・こう)さんによって始められました。太田さんは夫とともに神戸から栃木に戻り、関東大震災の2年後に日本橋の人形町で店を始めています。つまり、太田さんが親しんでいたのは関西で食べられていた関東煮だったのです。なお、お多幸のおでんは、昆布と鰹節が使われ、淡口(うすくち)醤油と砂糖で味付けしています。 鰹だしで濃い口醤油が関東風、昆布だしで淡口醤油が関西風といった一般のイメージで見ると、まったく逆の現象が起きているわけです。 ●時代別のおでん 大阪の家庭でどんなおでんが食べられているか調べたところ、意外にも鰹だしで甘辛の関東煮を作る人が多いことがわかりました。その中心だったのが大正生まれの人です。けれども、娘の世代になると、だしに鶏がらを使ったり、おでん種に鶏肉を入れていました。これは、コロが高級になったせいで、そのコクを代用するものとして工夫されたようです。 どうやら、おでんに関しては、関東風・関西風という区別は当てはまらず、汁気が少ない煮物風の“江戸おでん”、汁気たっぷりで甘辛の“関東煮”、関東煮を飲めるスープに改良した一平の“東京おでん”というように、時代別に整理したほうがよさそうです。 つまり、江戸・明治・大正・昭和のそれぞれの時代に特徴的なおでんが存在していたことになります。田楽に始まったおでんの歴史は、時代の流れとともに姿を変え、平成に入ってからは“創作おでん”と呼べるような懐石風の一品料理も現れました。 ●和食の集大成 おでんに使われるのは、昆布や鰹節のだし汁、醤油や味噌や塩の味付け、そして魚のすり身や豆腐を元にしたさまざまなおでん種、そして大根や里芋などの野菜……。まさにおでんは、日本人が慣れ親しんだ味覚の集大成といえるでしょう。 おでんはコンビニで買える手軽なファストフードでもあり、懐かしさがこみあげてくるおふくろの味でもあり、心を暖めてくれる酒のつまみでもあり、料理人が腕をふるいたくなる料理なのです。 日本料理では、焼き物や揚げ物のように「〜物」と分類されます。長らく、おでんは鍋物か煮物と思われてきましたが、そのどちらでもなく、ひとつの和食のジャンルとして「おでん物」があることを知ってもらいたいと思います。季節を問わず、おでんはこれからも人々の心を暖めてくれるはずです。 |
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