おでん研究家 新井由己の
静岡おでん食べある記
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戦後から残る貴重な建物で、屋台時代のおでんを味わう
今ちゃん (静岡市)
 
 時代に取り残されたような古ぼけた建物が、青葉通りにひっそりとたたずんでいる。「縄のれん街」と看板は出ているものの、建物の奥に続く通路をのぞくと、閉まっている店が多く、入口の店にはベニヤ板が張られていた。おそるおそる足を踏み入れると、手前に一軒、いちばん奥にもう一軒が営業中。行き止まりの店「今ちゃん」の戸を開けてみた。
 コの字状の比較的大きなカウンターがあり、両角におでん鍋が置いてある。片方はだし粉や青のりを付けて食べるおでん、もう一方は味噌だれを付けて食べるおでん。静岡おでんといえば牛すじや切り出し肉のだしが特徴だが、この店は牛ではなく豚の切り出しを使っている。切り出し肉は湯こぼしせずに、ゆで汁をそのままだしにするという。
縄のれん街でおでんを味わう最後のチャンス
店内
お勧めは片口イワシ100%のすり身を使った「自家製はんぺん」。手の形が残る素朴な一品だ
縄のれん街
最後まで灯っていた看板や提灯も、あと1か月ほどで消えてしまう
「こんなところのいちばん奥だから、常連さんしか来ないよ」
 店主の木内ふささんは、昭和32年の静岡国体のころに青葉通りで屋台を引き始めた一人で、当時はまだ20代だったそうだ。
 かつて、青葉通りには多くのおでん屋台が立ち並び、最盛期には56軒が営業していたが、昭和43年にすべての屋台は撤去された。
「ちょうどそのころ、この建物の持ち主が商売をやめるという話を聞いて、5軒が集まって入ったの」
 元は「青葉ベーカリー」というパン屋で、外はそのまま活用し、中を壊してそれぞれの店に分けたらしい。
 ところが、地震対策や消防法の関係で数年前から立ち退きの話が出て、今年の3月いっぱいで新しい店に移るそうだ。
「常連のお客さんが、やめないだろ、今度はどこでやるんだって。それがうれしくて。あとは命ある限りやるだけ」
 歴史ある「縄のれん街」が、あと少しで幕を閉じようとしている。

店内
移転予定の店は、人宿町の美濃屋本店前。カウンター10席なので、おでん鍋はひとつでまかなう予定
使い込んだ縄のれん
使い込んで年季が入った縄のれんは「店の思い出があるから」と、新しい店にも持っていく
店主木内さん
店主の木内さんは、「今やめたら張り合いがなくてすぐ死んじゃうよ」と笑う